スポーツ界の風潮に変化が R6.10.18 LINE新着配信
今の時代、厳しい指導ができなくなって、何年くらいになるかな。僕が初めて高校野球の指導にいったのが2020年の秋、T高だったね。このとき既にN監督も、厳しくするのはなかなか難しいと言ってた。高校生達に「自分に厳しくして自分の力でうまくなれ」って、酷なことなんだけど、今はそうなっちゃっている。
時代の移り変わりにより、旧来行われていたような「厳しい指導」がされなくなったことについて、イチローが上のように表現したのです。
スポーツを心身修練の機会とするのではなく、ひとつの娯楽やアクティビティとして楽しむことを主眼に置く取り組みが、近年高い評価を受けています。昨夏の甲子園大会では、そんなスタイルを貫いた慶應義塾高校が優勝を果たしました。選手らを軍隊のごとく厳しくしごきあげる過酷な指導法は、時代遅れとして否定的に語られる傾向にあるのです。こうした風潮に、強豪校の監督達がもの申しました。K高のように学力が高く、自律心を持った生徒達だからこそやれる指導法だと。彼らの主張もよく理解できますねえ。
ブン爺のように長く教えてれば、いろんな生徒に出会う、なかなか指導に骨が折れる年もあるんです。旧来型の全体を引っ張り上げるきつい指導によって全体レベルが高まり、誰もがある程度の水準を達成する。脱落者を作りたくない、イチローはそんな面を強調したのでしょう。一方で、スポーツは身体を鍛え楽しむものという点に、より大きな意義を見いだす人も少なくないです。
これら2つは一見相反する要素。でも、どうなんでしょうか?根本的問題は「勝利への向き合い方」にあると、ブン爺は考えます。何をおいても勝利優先だと、練習は過酷になり暴言・暴力も生じやすい。「生徒のため」という口実の元、理不尽がまかり通り、ケガや休養など無視されかねないんです。一般的な高校生には、K高のような指導ができないと決めつけるのも危険でしょう。旧来型の軍隊的指導が生み出した弊害は否定できませんから。
上述のような指導に関し、ミニバスから成人チームまで、ブン爺も随分問題視してきました。だからといって、厳しい指導に反対はしません。純粋にスポーツを楽しむことも素敵ですが、特に若い子らには、熱心に取り組み競技特性を存分に感じ取ってほしいのです。そのための苦しい練習は不可欠ですし、弱点や不得手の克服が大きな成長に繋がるのも確かです。色に例えると、赤なのか青なのかの択一じゃない。混じり合ってできる紫の部分が大事なんです。どうもどちらか一辺倒になりやすい、そんな傾向が強いように感じます。紫は、自然界ではあまり見られない色。長い間、紫の染色は非常に困難で、製造に高いコストがかかったのです。そのため、裕福で権力のある人々しか、紫の染物を持つことができませんでした。紫は、今でも皇族や贅沢の色と考えられており、その結果、信頼や確実性を感じさせる効果を持つといわれます。バスケ(スポーツ)指導も、紫色で行きませんか。
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